夢のいたずら

若い頃に描いた夢が、このブログに連れてきてくれました。人生まだまだこれからです。詩とエッセイを中心に書いています。

頑固なばあさん

 物心ついた時から40歳までの間、ぼくは県の団地に住んでいた。
 その団地、ぼくが社会に出るまでは二階長屋だったのだか、社会に出た頃に、建物の老朽化ということで、高層団地に建て替えることになった。


 それに伴い、建て替えるまでの約1年間、近くの市の高層団地で生活することとなった。その高層団地は13階建てで、出来て間もない団地だった。県住住民には、10階から13階までが割り当てられた。


 そこに一人、わがままなばあさんがいた。
「私は足が悪いから、そんな高いところでよう生活しきらん」と言うのだ。
 13階とはいうものの、ちゃんとエレベーターも完備してあるので、1階や2階よりは湿気の少ないぶん過ごしやすい。しかも、日当たりは、低い階よりもずっとよく、健康的である。


 県のほうもそのへんを説明したのだが、ばあさんは頑固で、自分の意見を曲げようとしない。しかたなく、県も市も折れて、このばあさんに1階の部屋を与えることにした。


 そこに住み始めて半年ばかり過ぎた頃、事件が起こった。
 朝方、妙に下の方がざわめいている。何だろうと思って見てみると、パトカーや救急車が停まっている。ぼくは家を飛び出して、事情を聞きに行った。


 どうやら飛び降り自殺があったらしい。飛び降りたのはサラリーマン風の男性で、持ち物からそこの住民ではないことがわかった。みな口々に「迷惑な話ですなあ」などと言い合っていた。


 その日、会社から帰ると、事件現場には花が置かれ、塩がまいてあった。家に帰ると、母がその話をした。
「落ちた位置が、ちょうど頑固ばあさんの家の前なんよ。それでね、ばあさんはさっそく、『こんな縁起でもない場所に住みたくない。家を替えてくれ』と、管理人さんの所に怒鳴り込んでいったらしいよ」
「わがまま言うけ、そんな目に遭うんたい」
「そうそう、管理人さんも、『あなたがわがままを言って、その場所にしてもらったんでしょうが。今更部屋を替えるわけにはいきません』と言って突っぱねたらしいよ」
「当然やろ」
「でも、ばあさんは『あんたに言うても埒があかん。県に訴えてやる』と捨てぜりふを吐いて帰ったって」


 しかし、県や市が動くことはなかった。結局ばあさんは、残りの半年間を、自殺者の霊が漂う場所で暮らしたのだった。

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