夢のいたずら

若い頃に描いた夢が、このブログに連れてきてくれました。人生まだまだこれからです。詩とエッセイを中心に書いています。

昨日の運勢が良かった蚊

 ぼくはマンションの6階に住んでいる。エレベーター待ちのイライラという欠点さえ目をつぶれば、あとは長所だらけだ。


 長所を上げれば切りがないが、何よりもいいのが、この季節である。昼でも夜でも、思いっきり窓を全開できるのだ。ぼくと嫁さんはエアコンがダメである。とはいうものの、暑すぎるのも耐えられない。そこで窓を開けることになる。この階数だと、けっこういい風が入ってくるのだ。


 蚊が入って来ないということも長所の一つだ。マンションの横にちょっとした竹藪があるため、ヤブ蚊が発生しやすい。おそらく、4階くらいまでの家には入ってくるのではないだろうか?エレベーターを待っていると、よく蚊取り線香のにおいがすることがあるのだが、やはりけっこう多いのだろう。


 さて、昨日のことだった。夜テレビを見ていると、小さな虫がぼくの目の前を飛んでいった。
 ぼくは嫁さんに「今の虫、何か?」と聞いた。すると嫁さんは「蚊みたいよ」と答えた。
「何で、こんなところに蚊がおるんか?」
「知らんよー。どっかから入ってきたんやないんね」
「どこから入ってくるんか?」
「あ、さっきしんちゃんがコンビニから帰ってきた時に、ついてきたんやないと?」
「ああ、エレベーターの中におったんやの」


 そういう話をしていると、またしてもその虫は飛んできた。やはり蚊である。黒い体に、白いまだらが見える。ヤブ蚊である。ぼくは、手で叩いた。しかし、その蚊は素早く手の間からすり抜け、逃げて行った。


 それからしばらくして、今度は嫁さんがその蚊を見つけた。で、ぼくと同じように手で叩いた。ところが、今度も素早く手の間をすり抜けていった。


 こういうことを何度か繰り返したのだが、なかなか蚊は捕まらない。そこで、蚊が体にとまるまで叩くのを待って、とまったところを叩きつけてやろうと思った。


 目の前を、その蚊が何度か往復する。そのうち、だんだん高度を下げてきた。そして、思惑通りぼくの足にとまった。「チャンスだ!」と思い、ぼくは手を振り下ろした。


 ところがである。勢いよく振り下ろした手は、蚊を潰す寸前になって、なぜかブレーキがかかり失速した。
 マンガ『あしたのジョー』で、力石を死なせた直後のジョーのパンチが、そういうパンチだった。顔面に当たる寸前で失速してしまうのだ。そんなジョーのパンチを見て、段平は「蚊も殺せないようなパンチ」と形容した。ということで、ぼくも蚊を殺せなかった。


 その後、しばらく蚊は姿を見せなかった。そのうちぼくたちも、蚊の存在を忘れた。
 ところが、ぼくたちが見ているドラマの終わりがけになって、またもやその蚊は現れた。またしても格闘が始まる。 
 しかし、昨日は何度やってもだめだった。結局、その蚊は死なないまま、今日もまだ家のどこかにいるのだ。


 例えば星占いなどは生年月日で占うが、蚊にも生年月日があるわけだから条件は人間といっしょである。ということで、その蚊の昨日の運勢は、きっと良かったに違いない。

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