伏線
何気なくやっていることが、次に起こることの伏線になっていることがある。
以前車を運転している時に、ふと
「そういえばこの場合、ミッション車だったらこうするんだったな」
と考えながら運転していた。すると程なく車が故障して、修理に出すことになったのだが、やってきた代車はミッション車だった。それもクラッチの入りが悪い、えらくボロな車だった。
その後も似たようなことが何度かあった。その時もぼくは同じように、ミッション車のことを考えながら運転していたのだった。
ある時またミッション車のことを考えていた時、ふと
「もしかしたら、ミッション車を運転することを考えていたから、車を修理に出す羽目にあうのかも知れん」
と思い、慌ててミッション車のことを考えることをやめた。以後はとにかくミッション車のことは考えないようにした。そのおかげだったのだろうか、車を修理に出すことがまったくなくなった。車検の時も代車はオートマ車が当たるようになった。
余計なことを考えていると、それが伏線になって、余計なことが起こるということだ。ということは、こうありたいと思っていることを考えていると、それが伏線になって、こうありたいと思っていることが起こるということになる。
そう思うと人生楽しくなってくる。人生楽しくなってくると思っていると、それが伏線になって、楽しい人生を送れるはずだ。